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第二話 相好の戦乙女

last update Date de publication: 2025-10-15 09:26:33

ソッと体を労るようにラビリンスをベッドへと沈ませていく。この場所は他と違って洗礼されている雰囲気があった。救護室といってもそれは周囲がそう言っているだけに過ぎない。通常なら宮殿の中に救護室がある事は珍しかった。ここに運ばれてくる患者達の看護を行っている人々は修道院が排出している。その役目を全うする為に慈善活動の一つとして宮殿に救護室なるものを作ったのだ。

専門的な医者はここにはいない。ラビリンスは第四王女だ。その立場に見合った医者でしか診察出来ないのは当たり前だった。王族には王族専属の医者がいる。何かある時は王からの呼び出しでこの宮殿に入るのが殆どだった。しかし今回は少し特殊。ラリアからしたら挨拶をした程度の事なのだが、ラビリンスからしたら意識を飛ばす程の衝撃を受けてしまった。その様子を見ていたゲリアは医者を呼ぶまでもないと判断し、救護室へ連れていく事を了承してくれた経緯がある。

「ラビリンス様……一体どうされたのですか」

眠り続けているラビリンスを見た修道女のミミコットは声を荒げ、顔を苦痛に歪ませる。王女がここに来る事は滅多としてない。彼女からしたらいつも通りの日常を過ごしていた所にポンと王女が運び込まれたのだ。当然と言えば当然だろう。

「彼女は戦陣として出る事が多いですからね。疲れが溜まっていたのでしょう」

ラリアは咄嗟に思いついた言い訳を事実のように話していく。彼の口から適当な事が出ている事に気付けないミミコットは「成る程」と納得した姿を見せる。ラビリンスがこうなった本当の経緯を知られるのはあまり良くないと感じたようだった。

寝顔を見ているラリアの姿を見て、少し安心したように視線を向けた。二人の姿はミミコットから見ると夫婦のように見えて仕方ない。16の年の二人を見守りながら、自分の今出来る事を淡々とこなしていく。

洗面ボウルを手にラビリンスの元へとやってきたミミコットはラリアに気を使わせないように頬笑みで語る。その姿はまるで聖母のように輝いていた。どんな立場の相手にも同じように微笑みを零す事で安心感と安定感を作り出していく。窓から溢れる太陽の光も相まって、彼女の背中に天使がいるように見えた気がした。

濡れた布をラビリンスの額に当てながらゆっくりと顔を拭いていく。ミミコットはどんな場面でも対処出来るように丁寧に作られている絹糸で出来た布を使用した。肌を傷つけないように慎重に動かす彼女の指先はラビリンスの肌に吸い付かれそうになっている。布越しでもしっとりと潤っている肌が姿を現した瞬間だった。

ゴクリと喉を鳴らすラリアは苦しそうにピクリと瞼を震わすラビリンスから漂ってくる色気を感じていた。顔を拭き終わると慣れた手つきで首元へとずらしていく。直視していた彼は目のやり場に困ったようで視線を外した。

「……出来るのはここまでです。後はラビリンス様の目が覚めるのを待ちましょう」

「そ、そうだな。助かった」

「いえいえ、こちらこそ。ラビリンス様をここまで運んでくださりありがとうございます。この方に何かあってからでは遅いですから」

ミミコットは言葉に感情を乗せていく。二人の間に何かしらの事情が隠れている事に気づいた。ラリアは一人だけ取り残されたように感じながらも、それ以上は踏み込んではいけないと感じているようだ。

修道女と王女の間には何が隠れているのかを知るのは当の本人達だけ。ラビリンスと出会えるのを楽しみにしていた彼だったが、噂だけの女性ではない事を知る。バタバタと自分達の役目を遂行していく修道士、修道女達はラビリンスの横を通るたびに何かしら声をかけるようにしている。立場的に考えれば、こんな気さくな対応はないだろう。

ラリアの心を読んでいるミミコットは瞳を揺らし、語りかけるような眼差しを見せた。吸い込まれるような力を感じた彼は時間が止まったように、空間の流れが遅くなっていった事実に気づいていく。

汗を拭った布を洗面ボウルにソッと浸すと「また来ますね」と言った。ミミコットの時折見せる高貴な雰囲気に違和感を感じながらも頷く事しか出来ない。

これ以上は踏み込まないと意思表示をするようにシャッと仕切り分けをしている布で閉じる。布の向こうには人々がせかせかと働いているのに、二人きりになった空間は静かに包んでいく。緊張の糸が切れたように肩の力を抜けていった。思った以上に気を張っていたようだ。用意されていた椅子に腰を沈めると、息を漏らしていく。

「早く目覚めて、私を楽しませてくれ」

心の中で呟いた言葉がポロリと溢れていく。繕う事を忘れていたラリアは苦笑いを浮かべると、金色に輝くラビリンスの髪に手を伸ばし、さらりと撫でた。初対面の女性に対してこういう行動をしてしまったのは初めての経験だった。お転婆姫と言われているくらいだから周囲は彼女に頭を抱えているに違いないと考えていたが、実際目にしたのは尊敬と信用の眼差しだった。救護室に来る事のないラビリンスが何故ここまで思われているのか、彼に分かる事はなかった。

ラリアがミミコットに伝えた言い訳は全て嘘で出来ている訳ではない。彼からしたら噂を聞いていただけで、それが事実とは確証がなかった。ラビリンスは第四王女の身でありながら、相好の戦乙女と呼ばれている。そしてこの救護室で役目を果たす者達は、全てラビリンスが救った人々だった。

立場のない彼女と出会ったのは同盟国を支援する為に訪れた町だった。そこまで大きな町ではないが生活をする為のものは揃っていた。この町は半分ゲリアの収めるミルダント王国と同盟国ゲルツシュタインの領域に存在している。半分半分で国が分かれているが、今となっては両国は手を取り合いお互いに公約を取り決め、安定を保っていた。

ミルダント王国の第四王女としてではなく、相好の戦乙女としてこの町に滞在している。ラビリンスの正体を知っているのはほんの一握りだった。それは国同士の密約交渉の際でのミルダント王国の提示した条件の一つに含まれていた。

第四王女ラビリンス・メルゲルについての情報を極秘とする事。表裏を口にしてはいけないと禁じられていた。

そうーーラビリンスは王女達の中でも特別な存在だった。彼女はいつしか全ての力を自分のものにしてしまうだろう。周囲はどうしても彼女の能力と2つの立場を隠す必要があった。

当時13になったばかりのラビリンスは年齢と外見が合致しないほど、大人びていた。姿を見られてはマズイと考え、戦乙女としての職務を受けた時だけ自分の能力を解放していく。見た目が幼く年齢と容姿が重なっていたラビリンスは銀色の光に包まれながら大人へと成長していく。

その能力は見た目だけではない。想像がそのまま形となる異質能力を備え持っている。ラビリンスが世界征服を願えば全ての国が彼女の手に落ちるだろう。滅多として使用しないが、同盟国に恩を売る為には必要な物事だった。

「……さすがに疲れたわね」

護衛も付けずに町中をブラブラ歩いている。王女としてはアウトだろうが、そんな事気にしなかった。誰かがラビリンスに刃を向けたなら、それはそいつの最後だろう。余計な事は考えずに疲れた心を癒やす為に町の景色を目に焼き付けていく。こんな事がないと宮殿から出る事が許されないラビリンスにとっては全てが新鮮だった。

路地裏を通り宿屋への近道をしようとしたラビリンスは、四人の戦士らしき男達が女性を囲み、因縁をつけている。戦士は国を守る為に戦うが、国民に手荒な事はしないはず。気配を消し、聞き耳を立てると、スンと会話が入り込んでくる。

「こんな所にいたのか、俺から逃げれると思っていたのか、お前は」

「……私は買い物へ」

「煩い、言い訳はいらない。お前は俺の言う事を守ればいい」

「レミンがお腹を空かしていたのです……だから」

「煩い」

戦士の一人が女性に手をあげようとした瞬間、剣の柄を使い四人の腹へと鋭い一撃を繰り広げた。何が起こっているのか理解出来ない女性は言葉を失いながら、倒れていく戦士達の姿を見る事しか出来なかった。事情はなんとなく理解出来たラビリンスはスタッと女性の前へ舞い降りる。その姿を見た瞬間、神の化身が現れたのかと思ってしまった。

「怪我はない? 立てるかしら?」

「あの……」

「聞かせてもらったわ。あの戦士、貴女の旦那でしょう?」

「……」

暴力を振るわれそうになっていたのに、女性は認めようとはしない。見ず知らずの他人が自分を助けてくれるとは思っていなかったようだ。薄暗い路地裏での出会いが女性の全てを変化していく予兆とは知らずに。

「貴女はどうしたい? この男と居たいの?」

真っ直ぐに質問をしてくるラビリンスに対して不思議な感覚を持ちながら、フルフルと横に振った。意思表示をしてくれた事が嬉しいのか、ラビリンスはニカッと大胆に笑顔を見せていく。何処にも逃げる事の出来ない女性に手を差し伸べ、言った。

「貴女が望むのなら、私が自由を見せてあげる。貴女の希望を取り戻す為にーー変わりたいのならこの手を取りなさい。貴女のお嬢さんも一緒に来たらいい。私が守るから」

それがラビリンスとミミコットの出会いだったーー

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  • ラビリンス   第七話 蜜の味

    月日は颯爽と過ぎていく。日常の中で突然現れたラリアの存在が、いつの間にかラビリンスの当たり前になっていった。ゲルツシュタイン帝国へ戻って行った彼はそれ以来、なんどもこの宮殿に来訪している。最初はギクシャクしていたラビリンスだったが、彼の存在に慣れていくと警戒心と緊張は解き解され、素直な自分を表現出来るようになった。 彼から見たら最初から感情を出していると思っていただろう。しかしラビリンスの本当の姿を見れば見るほど、自分が思っていたよりもしっかりと考えを持っている女性なのだと理解する事が出来た。お転婆姫と言われながらも、戦略の話や他国との交渉をする姿は薄明で凛々しい。そこには周囲を納得させる程の才が見えた。 国王として父を支える第四王女ラビリンス。彼女はなるべくゲリアが動かないように采配を置き、周囲の人々の力を的確に指示していく。可憐に笑うその姿に隠れているのは、表面には浮かんでこない思惑と裏切りを撲滅するもう一つの顔を持っている。その表情はお転婆姫としてではなく相好の戦乙女の顔と似ていた。 「お待たせしました、ラリア様」 最後に彼がミルダントに来たのは一ヶ月前の事になる。一時はラビリンスに会う為に2日に一回は顔を出していたが、ゲルツシュタイン帝国でも何かしら動きがあったらしい。詳しい事は口にしないが、彼の様子が違った。いつもなら悪戯っ子のようにラビリンスを茶化すのだが、あの時の彼はその姿を見せる事はなかった。一緒にいるのに、何やら考えに埋もれているようだ。 空気を読んだラビリンスは、少しずつ会話のペースを落としていく。共有し合う時間は二人にとって特別。それを破棄してでも気になる物事があるのだろう。自分も立場があるから分かる。ラリアを見て自分も周囲に同じ事をしている瞬間があった時を思い出す。例え余裕がなくても、自分本位ではいけない。そう自分にいい聞かせながら、言葉を落としていく。

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