LOGINソッと体を労るようにラビリンスをベッドへと沈ませていく。この場所は他と違って洗礼されている雰囲気があった。救護室といってもそれは周囲がそう言っているだけに過ぎない。通常なら宮殿の中に救護室がある事は珍しかった。ここに運ばれてくる患者達の看護を行っている人々は修道院が排出している。その役目を全うする為に慈善活動の一つとして宮殿に救護室なるものを作ったのだ。
専門的な医者はここにはいない。ラビリンスは第四王女だ。その立場に見合った医者でしか診察出来ないのは当たり前だった。王族には王族専属の医者がいる。何かある時は王からの呼び出しでこの宮殿に入るのが殆どだった。しかし今回は少し特殊。ラリアからしたら挨拶をした程度の事なのだが、ラビリンスからしたら意識を飛ばす程の衝撃を受けてしまった。その様子を見ていたゲリアは医者を呼ぶまでもないと判断し、救護室へ連れていく事を了承してくれた経緯がある。 「ラビリンス様……一体どうされたのですか」 眠り続けているラビリンスを見た修道女のミミコットは声を荒げ、顔を苦痛に歪ませる。王女がここに来る事は滅多としてない。彼女からしたらいつも通りの日常を過ごしていた所にポンと王女が運び込まれたのだ。当然と言えば当然だろう。 「彼女は戦陣として出る事が多いですからね。疲れが溜まっていたのでしょう」 ラリアは咄嗟に思いついた言い訳を事実のように話していく。彼の口から適当な事が出ている事に気付けないミミコットは「成る程」と納得した姿を見せる。ラビリンスがこうなった本当の経緯を知られるのはあまり良くないと感じたようだった。 寝顔を見ているラリアの姿を見て、少し安心したように視線を向けた。二人の姿はミミコットから見ると夫婦のように見えて仕方ない。16の年の二人を見守りながら、自分の今出来る事を淡々とこなしていく。 洗面ボウルを手にラビリンスの元へとやってきたミミコットはラリアに気を使わせないように頬笑みで語る。その姿はまるで聖母のように輝いていた。どんな立場の相手にも同じように微笑みを零す事で安心感と安定感を作り出していく。窓から溢れる太陽の光も相まって、彼女の背中に天使がいるように見えた気がした。 濡れた布をラビリンスの額に当てながらゆっくりと顔を拭いていく。ミミコットはどんな場面でも対処出来るように丁寧に作られている絹糸で出来た布を使用した。肌を傷つけないように慎重に動かす彼女の指先はラビリンスの肌に吸い付かれそうになっている。布越しでもしっとりと潤っている肌が姿を現した瞬間だった。 ゴクリと喉を鳴らすラリアは苦しそうにピクリと瞼を震わすラビリンスから漂ってくる色気を感じていた。顔を拭き終わると慣れた手つきで首元へとずらしていく。直視していた彼は目のやり場に困ったようで視線を外した。 「……出来るのはここまでです。後はラビリンス様の目が覚めるのを待ちましょう」 「そ、そうだな。助かった」 「いえいえ、こちらこそ。ラビリンス様をここまで運んでくださりありがとうございます。この方に何かあってからでは遅いですから」 ミミコットは言葉に感情を乗せていく。二人の間に何かしらの事情が隠れている事に気づいた。ラリアは一人だけ取り残されたように感じながらも、それ以上は踏み込んではいけないと感じているようだ。 修道女と王女の間には何が隠れているのかを知るのは当の本人達だけ。ラビリンスと出会えるのを楽しみにしていた彼だったが、噂だけの女性ではない事を知る。バタバタと自分達の役目を遂行していく修道士、修道女達はラビリンスの横を通るたびに何かしら声をかけるようにしている。立場的に考えれば、こんな気さくな対応はないだろう。 ラリアの心を読んでいるミミコットは瞳を揺らし、語りかけるような眼差しを見せた。吸い込まれるような力を感じた彼は時間が止まったように、空間の流れが遅くなっていった事実に気づいていく。 汗を拭った布を洗面ボウルにソッと浸すと「また来ますね」と言った。ミミコットの時折見せる高貴な雰囲気に違和感を感じながらも頷く事しか出来ない。 これ以上は踏み込まないと意思表示をするようにシャッと仕切り分けをしている布で閉じる。布の向こうには人々がせかせかと働いているのに、二人きりになった空間は静かに包んでいく。緊張の糸が切れたように肩の力を抜けていった。思った以上に気を張っていたようだ。用意されていた椅子に腰を沈めると、息を漏らしていく。 「早く目覚めて、私を楽しませてくれ」 心の中で呟いた言葉がポロリと溢れていく。繕う事を忘れていたラリアは苦笑いを浮かべると、金色に輝くラビリンスの髪に手を伸ばし、さらりと撫でた。初対面の女性に対してこういう行動をしてしまったのは初めての経験だった。お転婆姫と言われているくらいだから周囲は彼女に頭を抱えているに違いないと考えていたが、実際目にしたのは尊敬と信用の眼差しだった。救護室に来る事のないラビリンスが何故ここまで思われているのか、彼に分かる事はなかった。 ラリアがミミコットに伝えた言い訳は全て嘘で出来ている訳ではない。彼からしたら噂を聞いていただけで、それが事実とは確証がなかった。ラビリンスは第四王女の身でありながら、相好の戦乙女と呼ばれている。そしてこの救護室で役目を果たす者達は、全てラビリンスが救った人々だった。 立場のない彼女と出会ったのは同盟国を支援する為に訪れた町だった。そこまで大きな町ではないが生活をする為のものは揃っていた。この町は半分ゲリアの収めるミルダント王国と同盟国ゲルツシュタインの領域に存在している。半分半分で国が分かれているが、今となっては両国は手を取り合いお互いに公約を取り決め、安定を保っていた。 ミルダント王国の第四王女としてではなく、相好の戦乙女としてこの町に滞在している。ラビリンスの正体を知っているのはほんの一握りだった。それは国同士の密約交渉の際でのミルダント王国の提示した条件の一つに含まれていた。 第四王女ラビリンス・メルゲルについての情報を極秘とする事。表裏を口にしてはいけないと禁じられていた。 そうーーラビリンスは王女達の中でも特別な存在だった。彼女はいつしか全ての力を自分のものにしてしまうだろう。周囲はどうしても彼女の能力と2つの立場を隠す必要があった。 当時13になったばかりのラビリンスは年齢と外見が合致しないほど、大人びていた。姿を見られてはマズイと考え、戦乙女としての職務を受けた時だけ自分の能力を解放していく。見た目が幼く年齢と容姿が重なっていたラビリンスは銀色の光に包まれながら大人へと成長していく。 その能力は見た目だけではない。想像がそのまま形となる異質能力を備え持っている。ラビリンスが世界征服を願えば全ての国が彼女の手に落ちるだろう。滅多として使用しないが、同盟国に恩を売る為には必要な物事だった。 「……さすがに疲れたわね」 護衛も付けずに町中をブラブラ歩いている。王女としてはアウトだろうが、そんな事気にしなかった。誰かがラビリンスに刃を向けたなら、それはそいつの最後だろう。余計な事は考えずに疲れた心を癒やす為に町の景色を目に焼き付けていく。こんな事がないと宮殿から出る事が許されないラビリンスにとっては全てが新鮮だった。 路地裏を通り宿屋への近道をしようとしたラビリンスは、四人の戦士らしき男達が女性を囲み、因縁をつけている。戦士は国を守る為に戦うが、国民に手荒な事はしないはず。気配を消し、聞き耳を立てると、スンと会話が入り込んでくる。 「こんな所にいたのか、俺から逃げれると思っていたのか、お前は」 「……私は買い物へ」 「煩い、言い訳はいらない。お前は俺の言う事を守ればいい」 「レミンがお腹を空かしていたのです……だから」 「煩い」 戦士の一人が女性に手をあげようとした瞬間、剣の柄を使い四人の腹へと鋭い一撃を繰り広げた。何が起こっているのか理解出来ない女性は言葉を失いながら、倒れていく戦士達の姿を見る事しか出来なかった。事情はなんとなく理解出来たラビリンスはスタッと女性の前へ舞い降りる。その姿を見た瞬間、神の化身が現れたのかと思ってしまった。 「怪我はない? 立てるかしら?」 「あの……」 「聞かせてもらったわ。あの戦士、貴女の旦那でしょう?」 「……」 暴力を振るわれそうになっていたのに、女性は認めようとはしない。見ず知らずの他人が自分を助けてくれるとは思っていなかったようだ。薄暗い路地裏での出会いが女性の全てを変化していく予兆とは知らずに。 「貴女はどうしたい? この男と居たいの?」 真っ直ぐに質問をしてくるラビリンスに対して不思議な感覚を持ちながら、フルフルと横に振った。意思表示をしてくれた事が嬉しいのか、ラビリンスはニカッと大胆に笑顔を見せていく。何処にも逃げる事の出来ない女性に手を差し伸べ、言った。 「貴女が望むのなら、私が自由を見せてあげる。貴女の希望を取り戻す為にーー変わりたいのならこの手を取りなさい。貴女のお嬢さんも一緒に来たらいい。私が守るから」 それがラビリンスとミミコットの出会いだったーー思った以上に共鳴の力は強大だった。その反動で意識が朦朧としていたラリアはどうにか部屋へ辿り着く。ゆっくりとラビリンスをベッドに横たわすと、寄り添うように隣に沈んでいく。頭の中に2つの光が見えた。その光はまるで自分達を現しているように思える。瞼の裏で展開されていく世界は古代の世界だった。何を見せようとしているのかと、近づいていくが、中々その真相に辿り着く事が出来ない。 全ての意識がプッツリと消えたラリアはいつの間にか少年のような寝顔を見せ、ラビリンスと向かい合っている。二人の様子を転写魔法で見ていたサイレンスは映像を落とすと、二人が眠ったのを確認し、全ての明かりを消していった。 「終わりましたか?」 「どうにかね」 「……貴女の仕業でしょう? サイレンス様」 「何が言いたいのかしら」 大きな丸い石で出来たテーブルを介して突き詰めようとするミミコット。今回のミハエルが起こした行動は疑問点が多い。彼の使用した魔術道具あれは元々がこの宮殿に保管されている太古の道具。この道具を動かす権利を持っているのは国王と王妃の跡を次ぐ第一王女であるサイレンスのみ。他の立場の人間は使用する事は愚か、触れる事も出来ないはずだった。 「何故あれが彼の手に渡ったのですか……それとどうして彼が動かす事が出来たのかを説明してください」 気になってしまった事はどんな内容でも追求してしまう、それがミミコットの癖だった。ラビリンスに危害を加える可能性もあったからこそ、余計に隠している情報を提示するように求めていく。そんな彼女を微笑みであしらおうとすると、タイミング悪く転移結界が発動し始めた。ルルに使用権限を与えていた事を思い出したミミコットは、一端話を打ち切ると、その瞬間に合わせて全ての映像を消去していった。 「この映像を彼に見せる訳にはいきませんからね」 「良い判断ね」 ぼ
周りが見えないくらいに冷静さを手放したミハエルは満足したようにラビリンスから離れていく。このままではこれ以上の事をしてしまいそうになり、歯止めが効かなくなってしまう。本来の彼は人に見せつけるような趣味は持ち合わせていない。ゆっくり離れていく二人の唇には離れるのを嫌がるように一つの糸が繋がっている。 ミハエルが気を抜いた瞬間にルルが攻撃をしかける。彼の体内で練りに練った髄海溶液をネックレスにかける為に、シュンシュンと音を隠して飛び込んでいく。何かの気配を感じたミハエルは正気に戻ると、体制を整えようとした。 ガキィィィン、と刃と刃がぶつかる音が鳴り響く。ルルを守る役目を担ったラリアは矛先を自分へ向けようと誘導していった。一瞬の早業で何が起こったのか分からないミハエルは、自分を守る事に必死のようだ。そんな二人が戦っているのを見ているラビリンスは叫ぶ。 「やめてください、どうしてそんな事を……」 二人に向けた言葉をかき消すようにルルは人間の姿を模倣し、主人の目の前に現れた。まだ五歳くらいの少年に見える子供が、ラビリンスを抱きしめながら、自由を奪っていく。 「何するの……」 「ごめんね、姫様。すぐ元に戻すから我慢してて」 姫様と呼ぶ少年はあどけない表情を見せつけながら、今まで見ていた事実を思念でラビリンスへと送信する。巻き戻されていく時間軸があっと言う間に、こうなった真実を解放させていった。人間の脳の回転速度を超えた彼の回想は思ったよりも衝撃的になっている。全てを理解したラビリンスは言葉を失い、その場で力を抜かし、地べたへ吸い寄せられていく。 「貴方はルル、なのね……どうしてこんな事」 「僕が送ったものは時期消滅するよ。姫様の記憶には何事もない日常へと書き換えられていくと思う。お願いだから、僕を信じて」 「……うう」 魅入られてしまって
「何をしているーー」 ドアから光が溢れている事に気づかず、情事に埋もれていたミハエルの姿を捉えた声が敵意を向けてきた。後少しでラビリンスを手に入れる事が出来たのに、邪魔をしてくるとは。何者なのかと振り向くと、目線が合う前に剣先が彼の首元を捉えた。その瞬間、全ての明かりが灯され、その姿がくっきりと彼の瞳へと固定されていった。 丹念に解されたラビリンスの姿を見て、怒りが増していく。頬は赤く、うっすらと開いた瞳は憂いでいる。自分に向けられるはずだった愛しい眼差しを、他の男へと向けていた。2つの雫は共鳴を始める。その度にラビリンスの体がビクリビクリと痙攣した。王女達は共鳴と言う能力を秘めている。そして番となった相手を求めるように全ての感覚を縛られていく。作り物の共鳴でもラビリンスが隠している存在は本物だ。密度の濃さをリンクさせる為にアクセサリーとして対象者に最低限五時間以上つけてもらう。そうすると共鳴の印を刻み込んだ宝石の中へ彼女の共鳴の流れが同調し、効力が発揮されてしまう。 宝石の力により何が現実で何が夢なのかを理解出来ていないだけ。そう自分に言い聞かしていくラリア。それでも行き場のない気持ちは、放置しておくと爆発しそうだった。今すぐこの首を切り落とす事も出来る。しかしここはゲルツシュタイン帝国ではない。ラリアは招待されている身であり、この国の実権を持っている訳ではない。二人は睨み合いながらも、引く様子は見えない。そんな空間を切り裂いたのはラビリンスだった。 「やめてください、私の婚約者に刃を向けるなんて……私達は愛し合っているだけなのに」 まるで知らない相手に話すようなラビリンスに驚愕してしまう。婚約者は自分なのに、何故だかミハエルを庇い、ラリアを敵対している。力に飲み込まれているラビリンスを正気に戻す方法を知らないラリアは無言で剣をしまっていく。 「大丈夫? ラリア」 「ああ」 「邪魔されちゃったね、後で愛し合いましょう」
忘れていた事を思い出してしまったミハエルは苦悩していた。今まで感じていた怒りは嫉妬として姿を現し、彼を着実に蝕んでいる。今まで自分の記憶と思っていたものは所々事実とは違う事に気づき、受け入れるしかない。しかし急に呼び起こされた記憶を受け入れる事は難しい。内心では否定したいのに、体が言う事を聞いてくれなかった。鎖骨に刻まれたサイレンスの魔法陣が赤く光ながら、悪魔の笑みを見せていく。 「あら……お帰りですか? えっとミハエル様」 「……君は?」 「何度もお会いしているのですが……ラビリンスと申します」 ラビリンスーーその名前を聞くと熱が全身に流れていく。心の奥底に眠る魔物の血がドクンと大きく脈打った。ぼんやりラビリンスを見つめながら、胸ポケットに手を入れた。指先がジャラリと音を奏でると、そっと手に取り、ラビリンスの手に落とした。 「これは?」 急な事で焦りながら手を広げた先には青い雫のネックレスが転がっている。キラキラ輝く宝石の美しさに圧倒されていく。ラビリンスはネックレスからミハエルへと視線を変えると、先程の薄暗い雰囲気の彼とは正反対な姿が写っていた。 「ラリア様がラビリンス様へと。自分で渡すのは恥ずかしいようで、私に渡すように命じたのです。何があってもつけておいてほしいとーーラリア様の愛の結晶として貴女様の側に」 「……嬉しい」 「気に入られたようで安心しました。ラリア様に報告が出来ます。それと、この事はラリア様には言わないでくれますか?」 「どうして? お礼言わなきゃ」 「不器用な所がありますからね、直接言われるとどうも……静かに受け入れてほしいとおっしゃっていましたよ」
何があっても側にいたはずなのに、一人で行動をする事が多くなったミハエルは自分の役目を徹底するしかなかった。ラリアとラビリンスの婚約が決まってから余計に。何かに冒頭しないと精神的に参ってしまいそうになる。ミルダント国とゲルツシュタイン帝国この2つの力を支配する為に、ラリアの行動に制限をかけたい思惑があった。そのために何年もの時間を費やし、ラリアとの信頼関係を構築してきたのだから。 どんな女性がラリアに迫っても、決して受け入れる事がない揺るがない王子。そのラリアを簡単に手にしたラビリンスの姿を見ていると、どうしてもモヤモヤしてしまう。二人に対して気持ちを持っている訳ではないのに。 「……はぁ」 「ため息を吐くと幸せが逃げていくって知ってる?」 気を取られていたミハエルは投げかけられた言葉にビクリと反応を示す。ずっと自分が見られていた事も知らずに。声の主が隠れている方向へと視線を向けた。宮殿の中心には祭り事として使われる司祭の間が広がっている。六本の柱は中心を守る為、神聖を保つ為に作られた魔導柱と言われているものだった。神の祝福を受けた存在は自らの体を柱へと隠す事が出来る。下半身は取り込まれているが、上半身はミハエルに正体を明かすようにわざと外されていた。 「サイレンス!!」 「その呼び方はマズイでしょ。貴方は騎士なのよ? 私は第一王女……立場が違うの理解しているのかしら?」 一体化していた姿を解くと、満足したように微笑みを向ける。その姿は鋼鉄の花嫁と呼ばれている事実とは違った。初めて見るサイレンスの本当の笑顔に動揺すると、無意識に後ずさっていった。見えない恐怖を体験しているような感覚を全身で受けていく。ここで怯んでは今の立ち位置も脅かされてしまうと思ったミハエルは、全ての感情を心の奥底へと閉じ込めた。 「監視していたのか」
月日は颯爽と過ぎていく。日常の中で突然現れたラリアの存在が、いつの間にかラビリンスの当たり前になっていった。ゲルツシュタイン帝国へ戻って行った彼はそれ以来、なんどもこの宮殿に来訪している。最初はギクシャクしていたラビリンスだったが、彼の存在に慣れていくと警戒心と緊張は解き解され、素直な自分を表現出来るようになった。 彼から見たら最初から感情を出していると思っていただろう。しかしラビリンスの本当の姿を見れば見るほど、自分が思っていたよりもしっかりと考えを持っている女性なのだと理解する事が出来た。お転婆姫と言われながらも、戦略の話や他国との交渉をする姿は薄明で凛々しい。そこには周囲を納得させる程の才が見えた。 国王として父を支える第四王女ラビリンス。彼女はなるべくゲリアが動かないように采配を置き、周囲の人々の力を的確に指示していく。可憐に笑うその姿に隠れているのは、表面には浮かんでこない思惑と裏切りを撲滅するもう一つの顔を持っている。その表情はお転婆姫としてではなく相好の戦乙女の顔と似ていた。 「お待たせしました、ラリア様」 最後に彼がミルダントに来たのは一ヶ月前の事になる。一時はラビリンスに会う為に2日に一回は顔を出していたが、ゲルツシュタイン帝国でも何かしら動きがあったらしい。詳しい事は口にしないが、彼の様子が違った。いつもなら悪戯っ子のようにラビリンスを茶化すのだが、あの時の彼はその姿を見せる事はなかった。一緒にいるのに、何やら考えに埋もれているようだ。 空気を読んだラビリンスは、少しずつ会話のペースを落としていく。共有し合う時間は二人にとって特別。それを破棄してでも気になる物事があるのだろう。自分も立場があるから分かる。ラリアを見て自分も周囲に同じ事をしている瞬間があった時を思い出す。例え余裕がなくても、自分本位ではいけない。そう自分にいい聞かせながら、言葉を落としていく。